アニメ烈火澆愁 (れっかぎょうしゅう)
用語・補足説明
注)日本語翻訳版小説は出ていないため、中国語版の独自翻訳による独自解釈となり、著者様の意に沿ったものではない可能性があります。あくまで参考としてご覧ください。
【烈火澆愁】
<第6話> 秘 術 遡 洄(そかい)
遡 洄・・さかのぼること
棺の中に落ちた剣は消え、中には・・「人」が座っていた。雷に打たれた人魔が剣から出てきた!
棺の中の男は顔も体つきも赤淵の人魔と何ら変わらないと感じたが、あの時の人魔は実体ではなかった。しかし、この棺の中の人物は『生きている』のであり、宣璣はその苦痛を感じることができた。
盛霊淵「人間が術を悪用しておいて、術の方を咎めるとは」
兀族は戦闘民族ではない。彼らの性格はどちらかというと穏やかだ。それは兀族の墓から掘り起こされる「呪い」 からわかる。彼らの呪文のほとんどには対応する解毒剤があり、解毒剤を適用した後も後遺症はない。これは簡単なことではない。人を刺して殺すのは簡単だが、刺された人を生き返らせるのは難しいのと同じだ。
盛霊淵「人面蝶は生き物ではない。一種の呪いだ。兀族の祖先が秘伝の方法で作った寄生虫だ。」
宣璣「もしかして、3,000年前の乱世だった時か?」
盛霊淵「朕はもとより束縛を最も嫌う」
『朕』は『私』を意味し、乱世の前の平帝以前に生まれた人は誰でも使用出来たが、その後、平帝は赤淵を征服してこの地を人族の独占地とし、『朕』の使用者は平帝以前の生まれと以後の皇帝や部族の指導者たちのみに限定されている。
その乱世を経験した帝王は平帝の子である
人皇(じんこう)(人間界の皇帝)斉武帝 盛瀟(ション・シャオ)
彼は人類のさまざまな部族を集めて妖族を鎮圧、妖王の首をはね、『清平司』を設立。その名声は後世に語り継がれた。
阿洛津(アールオジン)
兀族最後の族長(首領)。『千霊法陣』で召喚された人魔。
盛霊淵の肉体を復活させた。
盛霊淵を見ると、『千妖図鑑』には『劫(ごう)』という言葉が浮かび上がってきた。
劫・・・長い時間/強盗・泥棒
盛霊淵「生者の魂(生魂)を用いる古の方法で保存したのだ」
自らの生命の精を『死体』に注ぎ込んで、自分の体で『死体』を養う方法。
腐敗を防ぎ完成した死体は長期間にわたり生命エネルギーで養うことができる。盛霊淵の『死体』が剣となったのは、宣璣の生命元素が『金』だからで、死体が生体から分離されていない場合、それはしばしば自分の生来の道具となって現れる。
盛霊淵「しかし、私も驚いた。そなたは火に属する者だと思っていたが違ったようだ。様々な人種の混血で判別不能になってしまったのだろう。」
宣璣「 俺と共にいたのなら、赤淵病院にいたあなたは・・・偽物だった、そうだろ?」
盛霊淵「あれは『通心草(麦わら)人形』だ。『千霊法陣』によって私は目覚めたが、体はまだ目覚めていなかったので、体を借りて対応した。契約を破棄して『千霊法陣』に襲われた時、たまたま私の体と共にそなたが近くにいたので、元の場所に戻ることができた。」
宣璣の心はゆっくりと沈んでいった。人類を危機から救ったこの「人皇」は人間ではなかったのだ。なぜ彼は悪魔になったのか?色あせた歴史書には一体何が欠けているのだろうか?
宣璣「俺の・・・先祖は誰なんだ?」
古い友人か?なぜ彼の死体をそんなに大切に保管したんだ?
盛霊淵「私の体は水や火を通さず、用途も広い。利用しただけかも。」
国を復興させた後の武帝は異常に冷血で残酷な面を見せ、ついには完全に狂気に陥り、赤淵の崖から身を投げて自殺したとされている。遺体は発見されなかったため、武帝の墓は単なる慰霊碑となっていた。
『怨嗟(えんさ)(怒りと苦しみ、無念)から生まれた帝子(ていし)は父兄の血を背負い、自ら妖の大群を屠(ほふ)る』
皇帝が亡くなり、国が滅び、皇都は魔都となり、衰退した人族に希望を持たせるために捏造された予言。
『百万の怨霊から生まれた皇帝の息子が、父と兄弟の血を背負い、自ら魔を倒すだろう』